育てにくい息子について調べていてギフテッドについて知りました。息子がギフテッドかどうかはさておき、ギフテッドについて調べたことや日常をメモしておこうと思いこのブログをはじめました。


by Michi-mama3

自分について振り返ってみました 高校時代 ⑴

子供を育てるということをきっかけに、だらだらと自分について振り返っています。40過ぎての振り返りは、思ったよりもこれからの人生を明確にしてくれそうな予感です。(たぶん)


さて、今回は高校時代について振り返ってみようと思います。

中学時代は、勉強が楽しくてしょうがなく成績が良かったというのと、自分と話が会う人と出会えるだろうという期待をもって、当時の県内トップの女子高に入学しました。

さて、楽しいはずの高校時代でしたが、今までの人生の中では谷の時期だった気がします。というのも、生徒達は話が合うし、頭脳明晰、実行力抜群、他人を気にせず行動するユニークな子達が多く面白かったのですが、肝心な授業が面白くなかったのです。(くわえて、3年生のころは、母親との喧嘩に明け暮れていたことと、大学入試のストレスでボロボロでした〜。)


県内トップの公立“女子高”ということで、引退したようなおじいちゃんおばあちゃん先生がラクをしに来ているとの噂でした。この女子高とペアとなっている男子校があるのですが、こちらは授業がもっと充実しているらしいという噂もありました。(本当かどうかは知りませんが)

いずれにせよ、先生がラクしているのに乗じて、生徒も授業を軽んじるという雰囲気満載、私としては、今ひとつ学業への気持ちが盛り上がりませんでした。将来どうしたいという目標がなかったというのも良くなかったのだろうと思います。
結局、入学時は比較的成績上位にいたのですが、ずるずると下位に落ち、常に平均より下のグループにいて、なんとなく学校に通う毎日でした。


今でも記憶にある授業をいくつか書き出してみようと思います。

何と言っても鮮明に覚えているのは、高校1年生初め頃の数学の授業です。東大数学科卒で、前年までそのペアとなっている男子校(東大、東工大に行く生徒が多い)で教鞭を執っていた先生が、この女子高の生徒達もその男子校と同じように数学愛のある生徒なのだろうと思って、黒板に白いチョークで大きく i とだけ書き、『虚数』について1時間熱く語ってくださったことがありました。私はこの1時間で、「数学は私の世界ではないのね」と確信。数学にさようならを告げました。

それまでは数学がパズルのようで好きだったのですが、数学とはパズルではなく哲学なのだなと…。(まるで、愛しい恋人が、実はやんごとない家柄のために実らない恋と知った時のような悲しさです。)ちなみに、翌年からこの先生は、もっと手加減して数学を教えるようになったとのことです。


次に生物です。先生のお気に入りの宿題が、ケント紙に点々で絵を描く(細胞の絵とか)というやつで、点々が細かく丁寧なほど評価が高いというものでした。私には全くその重要性が分からないし、面倒なだけの宿題なので、先生の先生としての資質まで疑ったのでした。そして、この生物の先生の出した定期試験問題で、資料集のページの下にゴマ粒のような小さい字で書いてある豆知識の穴埋め問題が出た時に、すっかり生物についてのやる気が失せたのでした。今この文章を書きながら。本当は高校の生物の授業ってどんなことをやるのかしら?と、思ってしまいました、苦笑。それくらい、授業に身が入っていませんでした。プラナリアのことくらいしか思い出せません、笑。


そして、英語。当時の英語の先生ですが、この高校の大大先輩で、いつも「私のいた頃はこんなに風紀が乱れていなかった」と、いうようなことをおっしゃっていて、授業内容よりも、口うるさいなあということばかりに気を取られていました、苦笑。また、定期試験問題で、教科書まんまの穴埋め問題が多かったことが嫌で、このテストのための試験勉強に意味があるのかしら?とか思い始めて、身が入りませんでした。英語自体には興味はあるものの高校英語の勉強は全くやる気なしで、ただただ苦痛でした。


意外や意外、物理はまあまあ好きでした。事象を科学する面白さを熱心に伝えようとする若い先生でした。私はこの先生の授業が好きで、この先生の物理はそこそこの成績をとっていたのですが、本気で理系進学を目指している人にとっては、この先生の授業は大学入試に結びつかないとして不人気でした。なので、私は本当には物理の成績は良くないんだろうと思います。笑


現代文の先生は、この学校の先生とは思えないくらい抜群の授業をしてくださいました??✨。教科書を読み進めながら、とても速いテンポで、的を得た質問をどんどんしてくれるので、頭を回転させるのが心地よく、授業が終わるのもあっという間、ちょっとした運動後のような爽快感がありました。おかげで、現代文だけは、大学入試でもラクラクでした。
中学まで国語が苦手だったのに、現代文の成績が良くなったのは、論説文が中心になったというのもあると思います。つまり、作者がどう思ったか、というようなモヤモヤした設問がなくなったのが私には良かったんだと思います。


美術も自由にさせてくれる良い先生でした??。彫刻や粘土はない、絵画一本の先生でしたが、多様な画材を使えたのが楽しかったです。私のお気に入りは日本画で、岩絵の具がグッときました。本当は美大とか憧れでした。今でも機会があれば、岩絵の具とかアクリル(使ってみたことがない)とかで遊んでみたいです。(アート系の趣味は、私に片付け能力がないのがネックで封印です。アトリエとか言っちゃって、一部屋あると素敵ですよね〜??)


また、授業ではないのですが、部活で音楽をしていました。毎年コンクールで入賞する部でした。私が1年生の時は全国大会2位。素晴らしいと思います。でも当時の私ときたら…。
1位じゃないと嬉しくない、仲間が2位で涙を流し抱き合って喜んでいる輪に入れず(一緒に悔しがる人がいなかった)がっくり。そして、やる気ダウン。(今思うと、超完璧主義ですね。当時の私に説教してやりたくなります。)
そして、テレビだの舞台だの一通り経験し、バーンアウト。満足して退部してしまいました。


ところで、文化祭が盛り上がる学校だったのですが、学業とは一転、こういう時には大乗り気でした。実行委員などというしっかりさん部門ではなく(こういう部門の適任者がゴロゴロいる学校だったので)、クラスの催し物の企画で活躍。神が降りてきたかのようにアイデアが湧き、企画実行、参謀的に指揮を執り(表に出るリーダータイプはわんさかいるので、私は二番手)、当日の賑わいに大満足という具合でした。今思うには、みんなが優秀だったから、私があれやこれや思いついただけで、私が思っていた以上のクオリティの高いものに仕上がったんだと思います。

残念ながら高校を卒業してからは、このようなテキパキ集団(一を言うだけで十動くというか、自分で考えて動ける人の集まり)に属したことがありません。社会人になってからは、何かを形にする際に考えがスッキリ伝わらなかったり、人間関係に苦しむという経験をたくさんたくさんしています。(言葉が足らない、皆があなたみたいにはできないのだ、とよく言われます。でもどうしたら良いのか分からないのです。)

高校時代にもっとしっかり目標もって勉強して他の大学に行けば違ったのでしょうか。就職先の選び方がまずかったのでしょうか。それともやっぱり自分を変えるしかないのでしょうか。
物事がスムーズに進んだ高校時代が懐かしいです。(懐かしいどころか、恋しいです。)


ついでに、他にも、この学校の生徒達の様子で、気に入っていたことも挙げておこうと思います。

生徒会が活発で、校則を変えるための議論などを全校生徒を巻き込んで行っていたこと。現実に即さないルールを変えようと普通にサクサク動いているのが気に入っていました。

他人のことに気を取られて時間を無駄にする生徒がいないこと。何かの誘いも、自己判断で断る時は断るし、断られても何も気にしない。嫉妬という感情を持つ人に(たまたまかもしれないけれど)出会わなかった。自分のやるべきことを分かっている人の集まりだった。

といったところでしょうか。

今振り返ると、私の人生において、人間関係のストレスは一切ないという稀有な環境でした。なので、仲間といる時間、居心地自体はとても良かったです。


ざっと、高校生活を中心に書きましたが、書いておきたいことがまだまだあります。思春期の内面的なこと、大学入試勉強のことなど書くと長くなってしまうので、とりあえず、今回はここまでにしておこうと思います。??


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by Michi-mama3 | 2013-11-25 23:42 | 自己紹介