育てにくい息子について調べていてギフテッドについて知りました。息子がギフテッドかどうかはさておき、ギフテッドについて調べたことや日常をメモしておこうと思いこのブログをはじめました。


by Michi-mama3

自分について振り返ってみました 小学校高学年

大好きで尊敬しているあーちゃんママさんが、ギフカテからいなくなってしまい、驚きました。

軸を失ってしまったような気持ちです。でも、あーちゃんママさんのギフカテ抜ける理由を書かれたブログから、ギフテッドの子供達とその親御さんへの深い愛情を感じ、頑張ろうという気持ちも湧いてきました。本当にありがとうございます。

そして、あーちゃんママさんの器の大きさと判断の早さが、これまたカッコいいなあと尊敬。あーちゃんママさんのブログの客観的でバランスのとれた文章は、知性を感じ、気持ちが良くなります。大好きです。これからも、あーちゃんブログ訪れます!(ミチにミルクをあげていた頃、あーちゃんの年の辰年くらいからのファンです??)


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今回のブログでは、小学生高学年時代について、文章にしてみようと思います。

父の転勤にともない、小学3年生の1月に、関東から関西に引越し、転校しました。
かなりガラの悪い地域の小学校への転校。しかも、横浜銀蝿が流行っていた時代で(古いですね。笑)、この校区の中学校は不良満載&事件満載という環境でした。でも、大規模社宅に住んでいたので、近所の遊び友達は、自分と同じように転校を重ねていて、気の合う仲間がいる安心感もありました。

転入してすぐは、関東弁の私は「こいつなまっとるぅ~」ということで、いじめられました。とはいえ、大したイジメではなく、無視するとか、いちいちイチャモンつけてくるといったレベルではありました。

この学校への転校とイジメをきっかけに、関東でボーッと過ごしていた私の目が覚めたようなところがあります。人間について真剣に考えるようになりました。イジメの派閥もあるような学校で、生き延びるために目覚めざるを得なかったというところでしょうか、苦笑。

クラス替えもある4年生への進級。生き延びるためにどうしたら良いかと、人気者を観察しました。私の出した結論が、「みんなを笑わせれば、人気者になれる」でした。関西でしたので、笑。
一方、イジメグループと一線を引くために「清く正しく、自分を持つ」といった態度も身につけました。(“清く正しく”は強さでもあると思っていました。)

時は漫才ブーム。小学4年生から、休み時間の度に、みんなを笑わせるエンターテインもできるようになりました。人格激変です。「ミチヨちゃん、漫才師になったらええのんとちゃう?」と言われるまでに、成長(?)しました。

くわえて、この学校は日教組バリバリの学校で、競争はNG。運動会で勝ち負けはなし、通知表は、たったの2段階評価でした。ということで、すべての評価が「できる」となることもあったりして、自分は優秀なんじゃないかと勘違いできたのはラッキーでした。(勉強へのモチベーションがあがってきました。しかし、競争大好きの私には、ここの運動会は衝撃的でした。)

子供ながらに、日教組教育には、ツッコミどころ満載だなとは思っていましたが、そんな中で、私にとって良かったことが一つありました。

それは理科の授業の進め方なのですが、

①皆で意見を出し複数の仮説をたてる
②自分の支持する仮説が正しいと思う理由を出し合う
③皆の考えを聞いた後に再度支持する仮説を決める

というもの。

これが私にフィットして、超イキイキ。仮説を出し、支持する理由を述べ、正解した後の「やった~!」という達成感。これはノビノビ楽しかったです。

算数もノビノビとオリジナルの解き方をしたりしたのですが、「このようにも解けますが、まだ習わない解き方なので、今習っている方法で解きましょう。」と言われたのを機に、算数はやる気が失せたのも覚えています。それまでも、解法を書くのはめんどくさい、答えが合ってるんだからいいじゃん、計算ドリルも面倒だし、大きい桁の割り算なんて、めんどくさいはケアレスミスで余りがないはずの問題でも余りが出るはで、大嫌い。と、算数には苦手意識がありました。

(こうやって書くと、めんどくさいことが大嫌いなのは子供の頃からだと気づきました。めんどくさがりは、今も変わりません。乳児期の育児は苦痛でした…。ボタンが何個あるんだこの服は!みたいな…。苦笑)


また、この頃、それなりに哲学していて、「大衆は流されやすい。多数決で決まることは、大抵不正解だ。」「人を扇動するのは案外簡単だ。」「言葉には力がある。」などと考えていたのを覚えています。

委員を務めたり、リーダーにもなりました。そういえば、この学校でも、不登校児や知的に支援の必要なクラスメートのサポート役を先生に頼まれていました。


家では以前に増して空想少女。父がSF好きで、自宅にSFの本が大量にあったこともあり、小松左京や星新一など、とっつきやすいものを読みまくっていました。そのせいか、SF的空想が多かったです。階段の途中に座って考え事をするのも好きで、気がつくと1時間くらい同じ場所にいたということもありました。

気がつくと1時間、と言えば、宿題の漢字練習や計算ドリルなど、めんどくさい宿題は、どうにか簡単にできる方法はないかと考えて、1時間くらいあっという間に過ぎ、そんな方法はないから、結局後回しにして、寝る前に泣きながらやったりしていました。

こんなでしたから、はたからみると、何もしないで止まっている時間が長い子だったんじゃないかと思います。笑 (だから母はイライラしていたんですかねえ)


そして、忘れ物も多かったです。しっかり者のイメージなので、忘れ物を取り締まる役を仰せつかったりしたのですが、その私が「忘れ物一位」になるという、先生には残念、クラスのみんなは大喜び、といったこともありました。ちなみに、一番大きな忘れ物は、ランドセルです。(傘だけ持って楽しく登校しました。)


ピアノは、とうとう本格的におもしろくなくなって、適当にしか練習せず、やり過ごしていました。発表会の曲だけ、やる気を出すものだから、先生が思っていたよりもずっと早く弾けるようになり、曲目を追加することになることも。次の発表会には◯◯を弾きたいから、そのためにこの練習をしましょう、という風にレッスンを進めてくれたら良いのに、と思っていました。


そういえば、この頃は、母が怖かったのを覚えています。きっと、色々しつけ、矯正したかったんだと思います。基本的には、言ってもなかなかやらない、口ごたえが過ぎる、お姉ちゃんなんだから弟に譲れ、というところではないかと思います。毎日叱られて泣いていました。(負けず嫌いの泣き方です。泣きすぎて「息ができない死ぬ!」と泣いていました、苦笑。ミチが同じ系統です…。)
この頃、父は私の味方で、褒めて育てる方式だったのですが、母は、父が甘やかすからますますいうことを聞かないと怒っていたのも覚えています。


***
振り返れば振り返るほど、ミチが私と似たタイプなので、今後の自分のためにも、母がどう言えば私は“良い子”だったのか考えてみるとします。

う~ん、私は、言うことをきいていないつもりはなく、言うことを聞く気はあったと思います。たぶん。やっぱり褒められたいし、良い子だと思われたかったので。

きっと、「自分のペース&自分のやり方で“やってみたい”から放っておいてくれ」といったところでしょうか。先回りして欲しくなくて、失敗も含めて経験してみたいというか…。あと、命令されたくないというか…。(面倒なやっちゃ、ですね~)

となると、問答形式ですかねえ。時間かかるし、頭使うし、親はしんどいですね~。

そう思うと、母がブチ切れていたのも分からなくはありません。愛があるほど、ブチ切れ頻度が上がりますものねえ。これを書きながら、「必死に真っ当な人間に育てようとしてくれてありがとう、お母さん」と、思いました。あとで、母にメールでも入れておくとします。
***


この時期、もっとこうして欲しかったなあ、というのがあるとすれば、色んな知識を吸収する機会がもっと欲しかったなあというのがあります。手元の百科事典は愛読していましたが、おもしろ実用書的なものがもっと家にあったらかなり楽しめたと思います。(エリンさんのモモちゃんが理想の環境です!)

母が、買い与えてくれたのは、文学小説と伝記で、どっちも興味がなかったのです。こういった大人が読ませたい系の本が嫌いなので、自分は読書が嫌いなのだと思っていました。(伝記に関しては、読むのが嫌いなくせに、自分も伝記になるような人になろうと本気で思っていました。どうやったら伝記になるのか研究するという目的で伝記を読んだり。苦笑)

小説も読むのは嫌いなわりに、空想家ではあるので、交換日記のように物語を書いたり漫画を描いたりする仲間を募って、楽しんでいました。


また、この頃、英語を習っていたのですが、できない子に合わせるものだから、先に進まず、残念に思っていたのを覚えています。「学校の先生も英語の先生も、覚えの遅い子の方がかわいいんだ。早い子は、かまってもらえないし、損。さみしいなあ。」と、いったところです。


この校区は、恐ろしい中学だったので、中学受験したいと母に言ってみたものの、相手にされず、塾にも通っていませんでした。小学6年生になって、関東に転校が決まった時には、愉快な友達と離れるのは淋しいけれど、命拾いしたと心底ホッとしたものでした。


高学年ともなると記憶がたくさんあるので、色んなことが走馬灯のように思い出されます。
毎日、死ぬとか言いながら泣いていたからか、生き延びることに必死だったからか、虚弱体質風でした。副鼻腔炎、しもやけ、便秘、と、全体的に滞ってました。中医学でいうところの瘀血ってやつなのかな?

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by Michi-mama3 | 2013-10-19 21:37 | 自己紹介