育てにくい息子について調べていてギフテッドについて知りました。息子がギフテッドかどうかはさておき、ギフテッドについて調べたことや日常をメモしておこうと思いこのブログをはじめました。


by Michi-mama3

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子供を育てるということをきっかけに、だらだらと自分について振り返っています。40過ぎての振り返りは、思ったよりもこれからの人生を明確にしてくれそうな予感です。(たぶん)


さて、今回は高校時代について振り返ってみようと思います。

中学時代は、勉強が楽しくてしょうがなく成績が良かったというのと、自分と話が会う人と出会えるだろうという期待をもって、当時の県内トップの女子高に入学しました。

さて、楽しいはずの高校時代でしたが、今までの人生の中では谷の時期だった気がします。というのも、生徒達は話が合うし、頭脳明晰、実行力抜群、他人を気にせず行動するユニークな子達が多く面白かったのですが、肝心な授業が面白くなかったのです。(くわえて、3年生のころは、母親との喧嘩に明け暮れていたことと、大学入試のストレスでボロボロでした〜。)


県内トップの公立“女子高”ということで、引退したようなおじいちゃんおばあちゃん先生がラクをしに来ているとの噂でした。この女子高とペアとなっている男子校があるのですが、こちらは授業がもっと充実しているらしいという噂もありました。(本当かどうかは知りませんが)

いずれにせよ、先生がラクしているのに乗じて、生徒も授業を軽んじるという雰囲気満載、私としては、今ひとつ学業への気持ちが盛り上がりませんでした。将来どうしたいという目標がなかったというのも良くなかったのだろうと思います。
結局、入学時は比較的成績上位にいたのですが、ずるずると下位に落ち、常に平均より下のグループにいて、なんとなく学校に通う毎日でした。


今でも記憶にある授業をいくつか書き出してみようと思います。

何と言っても鮮明に覚えているのは、高校1年生初め頃の数学の授業です。東大数学科卒で、前年までそのペアとなっている男子校(東大、東工大に行く生徒が多い)で教鞭を執っていた先生が、この女子高の生徒達もその男子校と同じように数学愛のある生徒なのだろうと思って、黒板に白いチョークで大きく i とだけ書き、『虚数』について1時間熱く語ってくださったことがありました。私はこの1時間で、「数学は私の世界ではないのね」と確信。数学にさようならを告げました。

それまでは数学がパズルのようで好きだったのですが、数学とはパズルではなく哲学なのだなと…。(まるで、愛しい恋人が、実はやんごとない家柄のために実らない恋と知った時のような悲しさです。)ちなみに、翌年からこの先生は、もっと手加減して数学を教えるようになったとのことです。


次に生物です。先生のお気に入りの宿題が、ケント紙に点々で絵を描く(細胞の絵とか)というやつで、点々が細かく丁寧なほど評価が高いというものでした。私には全くその重要性が分からないし、面倒なだけの宿題なので、先生の先生としての資質まで疑ったのでした。そして、この生物の先生の出した定期試験問題で、資料集のページの下にゴマ粒のような小さい字で書いてある豆知識の穴埋め問題が出た時に、すっかり生物についてのやる気が失せたのでした。今この文章を書きながら。本当は高校の生物の授業ってどんなことをやるのかしら?と、思ってしまいました、苦笑。それくらい、授業に身が入っていませんでした。プラナリアのことくらいしか思い出せません、笑。


そして、英語。当時の英語の先生ですが、この高校の大大先輩で、いつも「私のいた頃はこんなに風紀が乱れていなかった」と、いうようなことをおっしゃっていて、授業内容よりも、口うるさいなあということばかりに気を取られていました、苦笑。また、定期試験問題で、教科書まんまの穴埋め問題が多かったことが嫌で、このテストのための試験勉強に意味があるのかしら?とか思い始めて、身が入りませんでした。英語自体には興味はあるものの高校英語の勉強は全くやる気なしで、ただただ苦痛でした。


意外や意外、物理はまあまあ好きでした。事象を科学する面白さを熱心に伝えようとする若い先生でした。私はこの先生の授業が好きで、この先生の物理はそこそこの成績をとっていたのですが、本気で理系進学を目指している人にとっては、この先生の授業は大学入試に結びつかないとして不人気でした。なので、私は本当には物理の成績は良くないんだろうと思います。笑


現代文の先生は、この学校の先生とは思えないくらい抜群の授業をしてくださいました??✨。教科書を読み進めながら、とても速いテンポで、的を得た質問をどんどんしてくれるので、頭を回転させるのが心地よく、授業が終わるのもあっという間、ちょっとした運動後のような爽快感がありました。おかげで、現代文だけは、大学入試でもラクラクでした。
中学まで国語が苦手だったのに、現代文の成績が良くなったのは、論説文が中心になったというのもあると思います。つまり、作者がどう思ったか、というようなモヤモヤした設問がなくなったのが私には良かったんだと思います。


美術も自由にさせてくれる良い先生でした??。彫刻や粘土はない、絵画一本の先生でしたが、多様な画材を使えたのが楽しかったです。私のお気に入りは日本画で、岩絵の具がグッときました。本当は美大とか憧れでした。今でも機会があれば、岩絵の具とかアクリル(使ってみたことがない)とかで遊んでみたいです。(アート系の趣味は、私に片付け能力がないのがネックで封印です。アトリエとか言っちゃって、一部屋あると素敵ですよね〜??)


また、授業ではないのですが、部活で音楽をしていました。毎年コンクールで入賞する部でした。私が1年生の時は全国大会2位。素晴らしいと思います。でも当時の私ときたら…。
1位じゃないと嬉しくない、仲間が2位で涙を流し抱き合って喜んでいる輪に入れず(一緒に悔しがる人がいなかった)がっくり。そして、やる気ダウン。(今思うと、超完璧主義ですね。当時の私に説教してやりたくなります。)
そして、テレビだの舞台だの一通り経験し、バーンアウト。満足して退部してしまいました。


ところで、文化祭が盛り上がる学校だったのですが、学業とは一転、こういう時には大乗り気でした。実行委員などというしっかりさん部門ではなく(こういう部門の適任者がゴロゴロいる学校だったので)、クラスの催し物の企画で活躍。神が降りてきたかのようにアイデアが湧き、企画実行、参謀的に指揮を執り(表に出るリーダータイプはわんさかいるので、私は二番手)、当日の賑わいに大満足という具合でした。今思うには、みんなが優秀だったから、私があれやこれや思いついただけで、私が思っていた以上のクオリティの高いものに仕上がったんだと思います。

残念ながら高校を卒業してからは、このようなテキパキ集団(一を言うだけで十動くというか、自分で考えて動ける人の集まり)に属したことがありません。社会人になってからは、何かを形にする際に考えがスッキリ伝わらなかったり、人間関係に苦しむという経験をたくさんたくさんしています。(言葉が足らない、皆があなたみたいにはできないのだ、とよく言われます。でもどうしたら良いのか分からないのです。)

高校時代にもっとしっかり目標もって勉強して他の大学に行けば違ったのでしょうか。就職先の選び方がまずかったのでしょうか。それともやっぱり自分を変えるしかないのでしょうか。
物事がスムーズに進んだ高校時代が懐かしいです。(懐かしいどころか、恋しいです。)


ついでに、他にも、この学校の生徒達の様子で、気に入っていたことも挙げておこうと思います。

生徒会が活発で、校則を変えるための議論などを全校生徒を巻き込んで行っていたこと。現実に即さないルールを変えようと普通にサクサク動いているのが気に入っていました。

他人のことに気を取られて時間を無駄にする生徒がいないこと。何かの誘いも、自己判断で断る時は断るし、断られても何も気にしない。嫉妬という感情を持つ人に(たまたまかもしれないけれど)出会わなかった。自分のやるべきことを分かっている人の集まりだった。

といったところでしょうか。

今振り返ると、私の人生において、人間関係のストレスは一切ないという稀有な環境でした。なので、仲間といる時間、居心地自体はとても良かったです。


ざっと、高校生活を中心に書きましたが、書いておきたいことがまだまだあります。思春期の内面的なこと、大学入試勉強のことなど書くと長くなってしまうので、とりあえず、今回はここまでにしておこうと思います。??


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by Michi-mama3 | 2013-11-25 23:42 | 自己紹介
もしかすると日本語と英語のWikipediaでは、ギフテッドの定義についての表記が違うかしら?と思って見てみたら、ベースは同じなのですが、少し違うことに気づきました。そこであえて、英語のwikipediaを自分なりの日本語にすることで、理解を深めてみようという試みです。??

※これまた、間違いがありそうなので、訳し間違いに気づかれた方がいらっしゃいましたら、教えていただけるととてもありがたいです。よろしくお願いいたします。


『ギフテッドの定義』 英語のwikipediaより

教育に関する権威団体によって、ギフテッドの定義は異なります。同一の知能検査を用いたとしても、誰がギフテッドと判断されるかが変わってくるほど、権威団体によって見解が異なります。

ある団体は、人口の上位2%をギフテッドとするかもしれないし、その他の団体は、学区や州の上位5%をギフテッドとみなすということもあります。学区など地区を母集団として上位の者をギフテッドとする場合は、母集団のパフォーマンスの良し悪しによって、ギフテッドとされるかどうかが変わってくるということにもなります。


Identifying Gifted Children: A Practical Guide『ギフテッドを見分けるための実践ガイド』(2004年)の中で、スーザン. K. ジョーンセンは、ギフテッドチルドレンとは、以下に述べるアメリカ連邦政府によるギフテッド&タレンテッドの定義に書かれている分野において高いパフォーマンスを示す可能性をもった生徒達だと述べています。

以下が、そのアメリカ連邦政府によるギフテッド&タレンテッドの定義です。

生徒、子ども、若者に関して用いられる『ギフテッド&タレンテッド』という言葉は、知性、創造性、芸術性、リーダーシップ、特定の学問、いずれかの分野において高いパフォーマンスを示す潜在能力を持つ者を指す。これらの者は、通常の教育では持てる能力を完全に伸ばすことができないので、通常と異なるサービスやアクティビティが必要である。
(P.L. 103-382, title XIV, p.388)



また、The National Association for Gifted Children in the United States (米国ギフテッドチルドレン協会)は、次のようにギフテッドであるということを定義しています。

ギフテッドと言われる個人は、傑出したレベルの推理力と学習力を持つ者、または、一つ以上の領域で上位10%以内の高パフォーマンスを示す者です。その領域としては、数学、音楽、言語など体系化されたものや、絵画、ダンス、スポーツなどの感覚運動技術の全てを含みます。

その能力、才能の伸びは一生涯続きます。幼い子どもにおいては、他の同年齢の子供に比べて、試験や能力測定の結果が高かったり、学習スピードの速かったり、何かしらの業績を残すことで、ギフテッドであることが明らかになることがあります。大人になるにつれて、その領域での高いモチベーションや達成が、ギフテッドであることの大きな特徴となります。
また、様々な要因によって、その能力の発展と表出が促されることもあれば、妨げられることもあります。



上記の定義は、アメリカ合衆国の大部分で全てないしは一部採用されています。以下は、テキサス州の定義の例で、だいたいの州ではこれと似た感じで定義されています。

「ギフテッド&タレンテッドの生徒」とは、同年齢であったり、同程度の経験や環境の者と比べて、極めて高い能力の可能性を示す子供または青年のことを指す。
そして、これらの子供、青年は以下のいずれかに当てはまる特徴を持つ。

・知性、創造性、芸術性のいずれかにおいて、高い潜在能力を示している。
・リーダーシップ能力が非常に長けている。
・特定の領域の学問に秀でている。

(74th legislature of the State of Texas, Chapter 29, Subchapter D, Section 29.121)



定義がそれぞれに異なるものの、ギフテッド&タレンテッドという言葉の定義の主な特徴は、以下のようにまとめることができます。

a) 能力が示される分野が多種多様であること。(知性であったり、創造性や芸術性、リーダーシップ、学問など幅広い。)

b) 他との比較においてギフテッド&タレンテッドであるとされる。つまり、相対的判断である。(一般学校でのクラスであったり、同年齢、同程度の経験、環境におけるグループとの比較において判断される。)

c) (ギフテッド&タレンテッドという言葉は)ギフトを伸ばすために支援が必要であることを示すために用いられる。(その能力と可能性を伸ばすために)


以上が、2013年11月24日現在、英語のwikipediaに書かれていたギフテッドの定義(definition of giftedness)です。

あらためて、勉強になりました。??


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by Michi-mama3 | 2013-11-24 11:35 | ギフテッドの特徴


本ではなくて、子どものための実験教室ってどんなものがあるのかなと検索していて見つけたサイトの中の記事なのですが、今年の7月16日に、大阪大学で行われた、南部陽一郎先生(2008年ノーベル物理学賞受賞)の講演を受けて書かれたものが面白かったです。(このリンクページの「ブログその106」とあるものです)


文系の私には、物理学なんて、全てが目新しい事柄なのですが、本記事の中で引用されている、南部先生による「理論を作る3つのモード」が興味深かったです。


①湯川型… 現象に出会った後、考えて、数式を見つける

②アインシュタイン型… 理論を作った後、あるはずの「何か」実験で見つける

③ディラック型… 数学美的観念から数式を作る。すると、数式に合う現象の存在が見つかる。



そして、この3つのモードの後に書いてある、下記の南部先生の発想の話も面白かったです。

新しい発想が浮かぶ時もちろんそれまでにあらゆることをやっているのですが、ヒントとかは突然やってくるものです。なぜかと言うはなんともいえませんがね。24時間、寝ている時も絶えず頭の中で考えている・・・。人によって違いますが、私の場合は、主に発想が浮かぶのは、夜が多いかもしれません。寝ている時だったり、NYの地下鉄に乗っている時にハッと浮かんだり。細かい計算をしていると頭がこんがらがってきますから、そんなことはコンピュータとかでやればいいんです。細かい計算をしているときには、大局を見ることができない。そこだけしか見えていないですからね。そういう時は、横になって考えてみるんです。そうすると大局が見えてきて、考えやすい。するとふっと数式が浮かんでくるんです。


そして、なるほどなあ、と、思ったのが、南部先生が講演で引用されたという言葉です。

『日本は空の月を見て和歌や絵が生まれるが、天文学や物理は生まれなかった』


学問をしているからこそ感じる日本の文化というものがあるのだなと、新しい視点でした。??


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by Michi-mama3 | 2013-11-23 17:14 | 私が最近読んだ本

3歳になりたてメモ

3歳0ヶ月

無事3歳になりました。あっという間ですが、長くもありました〜。

3歳になる直前でしたが、支援センターで臨床心理士に相談したのは、本当に良かったです。私のミチへの対応が上手になってきた気がします。

地雷の克服に向けての対応だけでなく、好奇心スイッチ入れ続けられるように、また、好奇心を満たせるように環境整えたりすることで、嵐のような毎日が少し落ち着いてきた気がします。(気がしているだけかも?)


まず、車のことが好き過ぎても良いということで、うんざりするくらいの車好きにきちんと向き合って付き合うことにしました。

例えば、ミチは、駐車場でいろんな車の調査をしたくてうろつくのですが、「危ないからダメ!」ではなく、エンジンかかっていなくて私と手をつないでいれば良しとして、できる限り調査させてあげることにしました。(ほんと時間がかかります…)

そして、家の中にも、観察キットを導入、おばけえびなるものを飼い始めました、笑。
毎日水槽をのぞいて、成長しているか見るのが楽しみのようで、これもやってみて良かったなあと思います。

c0290215_1544735.jpg



癇癪は圧倒的に減りましたが、地雷は減りません。苦笑

地雷といえば、最近一番大変だったのが、NHKで放送されている、「ひつじのショーン」です。ドタバタ劇は…、地雷です。ひつじのショーンでも、本来笑うところが、痛そうな場面、意地悪に見える場面だったりするので、のたうち回ってゲキ怒りでした。(経験値を上げるしかないなと思っています。)


そういえば、お誕生日に買ったおもちゃのピアノは大ヒット。私も楽しんでいます。??

そして、本人が強く希望して臨んだ、バイオリン教室の体験は、先生が嫌いだから、他の先生を探してほしいとのこと、苦笑。(大好きなヘンデルについて、子どもということで、軽く対応されてから態度が激変。トットちゃんのトモエ学園の校長先生みたいにしっかり話を聞いて欲しかったのかな。笑)

月2回の造形教室は、相変わらず大のお気に入りで、行くまでに眠くても、終わったらイキイキしています。先生との相性だと思います。いい先生に出会えて良かったです。

園では、先生もミチの対応法を見つけたようで、「言葉で伝えて、ミチの頭に入れるようにしたら、理解するね。」と、ウィンクしていました。それと、「ミチはマニアックだね。」とも。笑
さすがベテラン先生だなあと感心しました。安心して預けています。


さて、教え下手の私にとっても難関の身辺自立はというと…。
全然ダメです。トイレは、家の中ではおしっこだけOK。うんちは、おむつのみ。食事も気がつくと手づかみ。洋服の脱ぎ着も、8割以上のヘルプが必要。長い道のりです〜。


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by Michi-mama3 | 2013-11-23 15:45 | ミチくんのできたよ!メモ

NPOとか活動家とか

「長谷川亮翔のPomona College 留学レポート」、お気に入りのブログです。

カリフォルニアのPomona Collegeに留学中の長谷川さんが、思うところを月1回綴っています。

麻布、東大と進学した彼ですが、留学したことによって視野が広がり、どんな小さな経験だって、独自の感性で、どんどん吸収する様がよく分かります。 (若いって素晴らしい!)

特に10月の記事が読み応えがあります。チラッと堀江貴文氏についても出てきます、笑。
活動家かあ、いいなあ、と思った次第です。


私自身、動物愛護に関わった経験がありますが、日本ではNPOにしても活動家にしても、とても難しいです。(私の小さな経験からですが、お金を何に支払うのかという捉え方、対価の価値観が違うからだと思っています。それと、日本には文化として、人道的 humane という感覚が希薄であるというのも理由にあると思っています。)

ギフテッドには、NPOとか、活動家とか向いている子が多いのではないでしょうか。
日本に限定せず自分のステージを持てるよう(天命を果たせるよう)、外国に出て行く経験を持てるなら持たせてあげたい、と思ってしまうブログです。

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by Michi-mama3 | 2013-11-21 17:17 | 私が最近考えたこと

神様からの預かりもの

この間は、ミチの誕生日パーティーなのにカメラも携帯も忘れ、今日は家の鍵を持つのを忘れ、夫のを借りるべくドタバタ劇を繰り広げ…。

「忘れた!」「なくなった!」が、日常茶飯事なのですが、こういったところをスルーしてくれる夫だから、自己肯定感下がったり、鬱っぽくならずに生きています、笑。それどころか、ドタバタでドーパミン出て、問題解決した後は、達成感!???? (ええ、周りに迷惑かけているのは重々承知しています。みんなありがとう。)



さて、今日は、自分の親業について、ユジンくんのママさんからインスパイアされ、思い出させていただいたことを、文字にして残しておこうと思います。


私は、特定の宗教を信仰している訳ではないのですが、「神様はいる」と思っています。
神様というのは、普遍的なもので、宗教によってその呼び名、人間から見た解釈が違うだけ、というように、ざっくりとなのですが、そう捉えています。(全く個人的にそう思っているだけですが。)

なので、子供の頃から、ちょっとした行動の軸は、この神様から見てどうなのか、ということだったりしました。大人になって、特に、自分で仕事をやるようになると、宇宙(といっても天文学ではなく、universe、大いなるもの、です)における魂という見方をするようになりました。


そこで、“子供を授かるとは?”ということも、勝手に自分流の解釈をしていて、子供を育てるというのは、その人に必要な喜び、苦労と学びを経験させるために神様が授けるもの、だったりします。

子供が親を選んで生まれてくる、というのも信じてはいるのですが、それよりも、親の成長のために子供が授けられる、という考えの方が強いです。
(なので、子供を授からないのは、神様がそういった経験以外の経験を与えるよう考えているのだろう、といった解釈でしたので、私自身、子供を授かったのは遅かったのですが、結婚して何が何でも子供を授かりたいと思ったことはなく、必要ならば神様が最良のタイミングで授けてくれるのだろう、と思っていました。)


そして、“子供とは何か” ですが、全ての魂は神様(宇宙)に帰属すると考えていて、子供は親のものではなく、神様からの預かりもの、肉体的には遺伝子とかあるけれども、魂は神様から預かっているもの。肉体にその魂が宿ってるというイメージです。

今回なぜ、こんな個人的に思ってるだけの自己独断的な考えをわざわざ書き留めておこうと思ったかというと、ミチを授かった時、まだヨチヨチだったころは、きちんとこのような自己流ではあるけれども、信仰に近い考えをもって子育てに臨んでいたのに、言葉がしっかりし出したら、ミチを自分の所有物のように、叱ったり、うんざりしたり、他の子供と同じようなことができるようにしようとしたりしていると、ユジンくんのママさんの言葉から気づいたからです。


〜自分のためのメモ〜


ミチの魂は神様に帰属するもの。

ミチは神様からの預かりもの。

ミチが自分の魂を磨く手助けをするのが私の役目。

そして、私も自分自身の魂を磨くこと



ついつい、ミチの感情にそのまま反応して、同レベルで感情的になってしまうので、自分のために人様の目に触れるブログという形でメモしておこうと思います。


ミチが癇癪起こしても、思い出せますように!!!

これ、最大のポイント。修行です〜。


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by Michi-mama3 | 2013-11-19 11:27 | ミチの親業メモ


幼稚園練習クラスというざっくばらんなものであるけれども、集団生活が始まって、ミチの「ん?なんか普通と違う」が、目立って気になるようになりました。そこで、近所の支援センターに発達相談に行ってきました。

行って良かったです。ミチ育ての交通整理ができました。

ミチの感受性や完璧主義、身の回りのことのできない、声が届かないっぷり、走り方がヘン、車が好きすぎて日常生活に支障をきたしているなどを赤裸々にお伝えしました。

臨床心理士の結論としては、「知的な部分が高いからでしょう」とのこと。「ミチくんみたいなお子さんもけっこういらっしゃるんですよ。」とも言っていただいて、気持ちを楽にしていただきました。


せっかくのアドバイスを忘れないように、簡単な文章になりますが、メモしておこうと思います。


〈集団生活〉

・集団に馴染ませようとするな。潰してしまう。

・幼稚園以外のところで、知的刺激満たしてあげられるように工夫する。

・多人種、多言語の環境の幼稚園で良かった。浮いているのが目立たないおかげで、自分がおかしいのではないかと感じない。つまり、集団嫌いにならずに済む。

・ただ、公立小学校に上がる時に、ショックを受けて、学校に馴染めなくなる可能性高いから、入学1年前から、規律ある子供の集団生活をさせたほうが良い。

・ミチは、幼稚園の先生のお遊戯に対して「大人が何やってんだ?」という感覚だろう。タモリさんもそうだったらしいと、プチトリビア。

・知能が高いから、「こういう場ではこうやって合わせれば良いのだな」と、なると思う。今が一番大変な時期と思って。

・学校や幼稚園がつまらないところだとしても、他で夢中になれることがあれば、“折り合い”をつけられる子もたくさんいる。(折り合いつけられない性格の子もいる)



〈感受性〉

・知的な部分が高いから、いわゆる普通の子供が気づかないことも気づいてしまう。(地雷のこと)

・地雷となったことにフォーカスするな。(しつこくその話をするな。)克服できなくなる。

・地雷を避けようとするな。(環境から排除する努力するな。) 経験させて、克服させる方向で。

・地雷を克服するには、その地雷ではなく、今自分のことにフォーカス戻すようにする。

・地雷から、自分にフォーカス移せたら、褒めるのだけれども、「よくできたね。」「がんばったね。」系は、全然ダメ。 “どのようにしたら上手くできたのか”を理論的に解説してあげる。 知的にレベル高いから、解説を理解できるし、次同じ状況になったときに、解決法を思い出せてあげることができるから、非常に便利。
※ これは、身辺自立の癇癪克服などにも使えるテクニック。



〈身辺自立、呼んでも来ないなど〉

・結局私がやるのを知っていて、そのタイミングまで上手いこと操っている。私の我慢の限度を測っている。(子供だって、ラクして済むように考えてる)
→3回まで、とか、時間とか、一貫性もたせる。私の我慢の時間がどんどん長くなるのが最悪のパターン。

・私も夫もガミガミ言いすぎて、指示の声の効果なくなってる。前述を合わさって悪循環状態。(とほほ…)
→無駄なガミガミなくす。

・食事、車、着替え、歯磨き、は、作業エリアを明確に分けるのがベスト。日本だとスペースないけれども、ついたて立てるとか工夫できそうなことはしてみるべし。

・やろうとしている時は、時間で急き立てない。

・上手くできなかったことが悪いこと(完璧主義)という考えからシフトさせる声かけを。「できなくても問題ない」というようなことを。できないことよりも、やってみようとしないことが悪いと思うようになればよいのだが。(具体的なテクニックないみたいで残念)

・プライド高いから、「他の子がやっているのを見る」と、いうのは効果ない。(残念)



〈その他〉

・車好き過ぎても問題なし。

・横向いて走るのも別に問題なし。(そうなんだ~)

・確かに違和感あると思うけれども、知的に高い子にありがちなので、今すぐ支援必要と思わない。上記アドバイスがんばって、上手くいかなかったり悪化するようだったら、3歳健診で相談してみて。

・発達検査必要とは思わないが、アドバイスで上手くいかなかった時、視覚優位、聴覚優位など、支援の仕方を探るために、必要に応じて。



簡単なメモですが、私にとっては目からウロコの部分が多くあり、とりあえず半年間、アドバイスを参考に頑張ってみようと思います。??


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by Michi-mama3 | 2013-11-16 15:10 | ミチの親業メモ
前回の記事でいただいたコメントを読んで、堀江貴文という人は、会ったことがなくても、その人柄に関する印象を言わずにはいられないくらいインパクトのある人物なのだなと気づき、とても興味深かったです。

私は、彼に対しての感情はニュートラルなのですが、同世代で同じ時期に起業していた者として、その頭脳とエネルギーは並大抵のものではないと思っています。

堀江氏と同様に、多くの人の感情を刺激し、ネガティブな印象で語られることの多い人物として、雅子妃殿下を思い出しました。

私の周りだけかもしれませんが、有能で自ら動くことができて、働くのが好きな女性が、代々続く何とかなどと“難しい家”に嫁いで結局離婚するというのは、まあよくあること。(離婚後の活躍が目覚しかったりします。)
雅子妃殿下は、その“難しい家”のスケールが違い、多くの人がその“難しい家”の常識を世間の常識としたところで、ネガティブ寄りのことを言われやすいのでしょうか。


堀江氏にしても雅子妃殿下にしても、「本人は良いと思って一生懸命頑張っているのに、凸が大きいばかりに、凹が目立って、しかも、その凹が一般的な感覚からは理解されずに叩かれている図」に見えてきました。


そう思うと、今育てている可愛い我が子が、本人が純粋に頑張っているのに世間から叩かれる。
つまり、凸がガーンと世間を賑わしたために、凹が世間の目に触れ、理解されず、凹のことばかり言われるようになる(ひどい場合は牢屋に入れられる)ということもなくはないということに思い至りました。
また、ギフテッドだと、社交において一般人には理解されないことが多いので、この確率があがるのかもしれません。子供の頃は違和感を感じ、大人になってからは孤独を感じる、というか…。


そう考えると、ギフテッドという定義は、こういったギフテッド特有の苦しみを和らげるためにも必要なものだと分かります。ギフテッドだから多くに理解されないと知るだけで救われます。
だから、「だれもがギフテッドだ!」と言ってしまうと、この人達は救われないのではないかと思います。

もちろん、子育てで、お母さんが「誰だってギフトがあるもの!」というのはとても素敵なことで、こんなお母さんに育てられている子供は幸せだと思います。でも、そのギフトと、このギフテッドは違うものだということです。


ところで、「頭が良いからと言って、人間性が良いわけではない。」「いい部分もあるのに惜しい。」と、前回記事コメントでいただきましたが、今思えば、私もギフテッドと思われるの人と接する機会が多かった若かりし頃、「頭はいいんだろうけど、話がおもしろくない。」「その分野だけ優秀でも、人としてはちょっと。」などと、失礼なことを言っていました。

でも、ギフテッドは、繊細でもあるので、特にこういうことを言ってはいけなかったのだと知りました。(直接は言ってはいませんが申し訳なく思います…。)

そして、ギフテッドという人がいると知って、ギフテッドと思われる人に対して、親近感がもてるようになりました。(変人→優秀な愛すべきキャラ、という具合に)

血液型じゃないけれど、そんなカテゴリーの一つとして、ギフテッドが認知されると良いのになあ。とも。

なんだか散漫な文章ですが、思ったことをツラツラと書き留めてみました。


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by Michi-mama3 | 2013-11-10 00:08 | 私が最近考えたこと


『ゼロ なにもない自分に小さなイチを足していく』堀江貴文 著 を読みました。
扉には、『堀江貴文 ゼロ 』とあるので、堀江貴文に著書というよりも、「堀江貴文」自体がタイトルとも言える本でもあります。


今風の本ですが、なぜ読んだかというと、なんのことはない、夫が読んでいたのを横取りしたというわけです。(夫が、ホリエモンは子供の頃、ミチみたいだよ〜、と言っていたので。)
自分で選んだ本でない割に、思うところがあったので、ブログに書き留めておこうとおもいます。


さて、この本では、堀江貴文さんがどのような子供時代、学生時代を過ごし、度々おとずれる転換期にどのように感じ、何をしたかを垣間見ることができました。

感想をひとことでいうと、「彼はギフテッドなのかもしれないなあ。今までも疎外感を感じていたし、これからも疎外感を感じるのだろうなあ。大衆には彼の言葉が彼の意図する通りに伝わるかどうか分からないけれども、伝わると信じている。ピュアなのだなあ。」です。


ところで、私は、堀江貴文さんが罪を犯したとは考えていなくて、戦後につくった体制やヒエラルキーを壊されたくない人々が、頭の回転が良いけれど不器用な彼の足元をすくったのではないかなと、考えています。(当時は、自分でオリジナルの仕事を興してがんばっていたところの騒動だったので、がっくりしたものです。)

そういえば、乗っ取り騒動の時、フジテレビ社員でもある友人がかなり激情していたので(お酒の席です)
「乗っ取られたくなければ、株式公開せずに、オーナーカンパニーにすべきだし、そうしてる会社はいっぱいあるよ。株式会社である以上、乗っ取られることはありえるでしょ~。それがゲームのルールなんだしさ。株式会社に勤める社員としてはしょうがないよ。従業員は持ち株するくらいしかできないし、そんなにふりまわされるのが嫌なら、自分で会社するしかないんじゃない?」と、言ったら、ちょっと気まずくなり、今は前ほど仲良しじゃなくなりました、苦笑。


話を『堀江貴文 ゼロ』に戻すと、子供時代を書いた前半の一部ですが、抜粋すると、こんなことが書かれています。

* * *

テストや教科書なんて簡単すぎてつまらない。みんなが「わからない」と言っているその理由がわからない。申し訳ないが、先生さえも間抜けに見えていたくらいだ。

塾通いに魅せられたもうひとつの理由として、講師陣の教え方が抜群にうまかったことも挙げられる。最上位のAクラスにいたこともあり、授業のレベルが高い。小学校のように「遅い子に合わせよう」という発想は、いっさいなかった。… … そうすると、あれだけ退屈だった勉強がおもしろくなり、より難しい問題、より新しい課題を求めるようになっていく。

勉強でも仕事でも、あるいはコンピュータのプログラミングでもそうだが、歯を食いしばって努力したところで大した成果は得られない。努力するものでなく、その作業に「ハマる」こと。なにもかも忘れるくらいに没頭すること。それさえできれば、英単語の丸暗記だって楽しくなる。

* * *


思ったのは、彼には頭の回転の良さに加えて、「ハマる」ことができる能力があるのだな、ということ。これが実はなかなかできないのではないかしら。

この本を読んで、子育てとは関係なく、仕事好きな人間として刺激される部分があるのは確かです。

でも、仮に彼がギフテッドだとして、ギフテッドだからこその今までの人生、これから人生があるのだとしたら、彼と同じように感じている子供達、その親達になにかしらの参考になる本ではないのかなと強く思ったのでした。


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by Michi-mama3 | 2013-11-06 15:57 | 私が最近読んだ本
間が空いてしまいましたが、前回の『芸術系ギフテッドの特徴 〜見分け方』の続きです。
今回の記事は親業カテゴリーに振り分けておきました。


『芸術系ギフテッド 〜 実例、アドバイス』

長年の私の指導経験の中で出会った実例をいくつか紹介したいと思います。私のスタジオや、ギフテッド&タレンティッドプログラムのワークショップで、たくさんの芸術系ギフテッドに出会ってきました。実例をいくつか紹介することがお役に立てればと思います。


〈実例〉

7歳の男の子。
色と形への感性豊かなお子さんだけれども、次から次へと興味が移り、作品を完成させることはありませんでした。 ところが、花の絵を描いている時に、一つの形がもう一つの形とどのようにつながっているか注意深く見るように促したところ、彼は大きく伸びました。それから2週間も経たないうちに、2時間では足りない!と言うようになるほど、じっくりと取り組むようになったのです。


8歳の女の子。
デザインセンスが非常に高いのですが、ひどく頑固で自己抑制的なところがありました。でも、自由に新しいことを試して良いと分かると、一気にリラックスしたのです。このような子供にとっては「間違ってもよい」という気持ちになることは、非常に重要だということが分かります。


別の8歳の女の子。
線と線の間をきっちり塗り分けるように言われ時に、ひどくイラつきストレスを感じていました。というのも、以前に行った、実験的創作セッション時に、一つの色の上に、もう一つの色をわざと引いてもってきたり、一つの色のちょうど際(きわ)にもう一つの色を垂らしてみていました。この創作を彼女は、心から愛し、楽しんでいました。「際」(境界、端)がお気に入りで、硬い際を描いてみたり、柔らかい際、消えて行く際など、様々な際を描くことに没頭していました。


9歳の男の子。
テンペラ画がとても好きで、この材料は自由自在に使いこなせるのだが、他の画材は上手く使えませんでした。しかし、彼の中で「やり切る」まで、テンペラ画に没頭したのです。


驚異的な8歳の男の子。
彼は、自分の家を描くのに苦労していました。2方向から見なくてはならないのは分かっていたのですが、遠近法についての知識がなかったのです。この時は遠近法を使わずに作品を仕上げました。
1年後、この子はレッスンで、私の裏庭を描く機会がありましたが、描き始めるのが難しいと言っていました。「ガレージについている屋根と、小屋と、壁と、柵の角度を理解する」のが難しいとのことでした。彼は、表現方法を聞くことなく、空間の捉え方について取り組み始めたのです。この子は、空間を捉えることが好きで、エッシャーのテッセレーションをこよなく愛しています。


また、鉛筆とボールペンで、小さく動作を描くばかりで、色に全く興味がないという男の子もいました。


〈親と教師へのアドバイス〉

ロウェンフェルドは著書で両親に次のようなアドバイスをしています。

1. 作品一つ一つをその子の個性の記録だと考えましょう。
2. 作品を「仕上げる」ように強く言わないようにしましょう。
3. 良いものを選んで一つだけ、というのではなく、全ての作品を飾るようにしましょう。
4. 他人の作品を尊重、尊敬することも教えましょう。
5. 間違ったバランスを手直ししていけません。
6. 芸術分野において、競争させてはいけません。
7. 作品取り組むための空間と道具を用意しましょう。
8. アートクラスに通わせましょう。
9. 描き方を(教えようと)見せてはいけません。


これらは、教師にも当てはまることですが、私はさらに、下記のような事柄も教師にとって必要だと考えています。

1. 実験的な事柄も許容されるべき。
2. できるだけ多くの子供たちが自分に合うものを見つけるために、あらゆる材料や経験が用意されているべき。
3. 「教えすぎ」の罠にはまらなないように気をつけて。教師は、子供が必要としている時、放っておいて欲しい時を見極めなくてはならない。


最後に、芸術系ギフテッドの子供に対応しきれないと不安を感じている、ご両親と教師に励ましの言葉を。

自分が芸術についてあまり知らないと心配しないでください。レンブラントやゴッホの両親だって知らなかったのですから。
塗り絵やら、絵を描く方法の本は全て焼いてしまいましょう。新しいものも買ってはいけません。そんなことよりも、美術館やギャラリーに足を運び、図書館の美術セクションに親しみましょう!


あなたの子供の想像力を楽しんでください。でも、ちやほや騒ぎ立ててはいけませんよ。


参考文献
Eisner, E. W. (1979). The educational imagination. New York: The Macmillan Co.
Gaitskell, C. (1958). Children and their art. USA: Brace and World.
Lowenfeld, V. (1965). Your child and his art: a guide for parents. New York: The Macmillan Co.


実例を読んで、こういう子達は学校の授業では、よほどの先生じゃないとはじかれるのだろうなあと思いました。自分に美術の才能があるなんて夢にも思っていない芸術系ギフテッドがたくさんいるのではないかしら。
でも、ダ・ヴィンチの作品のほとんどが40歳以降のものだというし、音楽と違って、大人になってから、のびのび作品作りを楽しみ、才能に気づくということもあるかもしれないですよね??

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by Michi-mama3 | 2013-11-05 22:39 | ギフテッドの親業