育てにくい息子について調べていてギフテッドについて知りました。息子がギフテッドかどうかはさておき、ギフテッドについて調べたことや日常をメモしておこうと思いこのブログをはじめました。


by Michi-mama3

自分について振り返ってみました ~大学時代



園が始まって、バタバタ動き回り、夜もバタンキューで、ネットから遠ざかってしまっていました。コメントのお返事が遅くなってしまってすみませんでした。??
ミチは睡眠短めでも、“妙に” エネルギッシュなのですが、私はロングスリーパーで、寝ても寝ても寝足りない派。ミチの相手は、ほんと体力勝負です〜。


さて、間が空きましたが、大学時代の自分について振り返ってみたいと思います。(長々と自分語りすみません、振り返り終わったら第二の人生スタート、くらいに思っておりまして…。しばらくお付き合いください。興味のない方は、素通りしてください〜。)


大学は、行きたかったところでもなく浪人するほどでもなくという女子大に入学。そんなでした
ので、大学生活の出だしはテンション低く、女子大の女子らしい雰囲気に違和感を覚えつつスタートしました。

テンション低めではありましたが、ふてくされている場合ではないということで、女子大特有の交流大学が多岐に渡るのを生かし、色んな校風をほんの少しですが、垣間見ることができたのはよかったなあと思います。

ちなみに、当時は女子大生ブームという時代で、キャンキャンなどの雑誌に友達が登場していたり、自分もマイナーな雑誌に載せてもらったりと、それなりに時代を楽しませてもらえたような気もします。

とはいえ、バブルな雰囲気とは馴染めないタイプでもあったため、時代を満喫したのかといえばノーだと思います。正直、今の変化の時期というか先の読めないサバイバル本能かきたてられる
時代の方が性にあっています。


で、大学時代何をしていたのかというと、勉強以外でのメインは、“安全志向” の旅人です。
「必ず無事に帰る」をモットーとして、旅に出ていました。笑

一眼レフが好きで、大きなカメラ片手に、長期で適当にフラフラ北海道や海外に出かけるために学生をしていたようなものです。今でも印象が強いのが、鉄道で横断したオーストラリアと、面白い人との出会いがあったアラスカです。(大自然系が好きです??)

当時は、写真もフィルムだったので、バシバシ写真を撮ると、なかなかお金がかかるものだから、旅行代と写真代のために、せっせとバイトに励んでいました。

バイトは、定期的には、家庭教師と塾講師。単発では、当時花盛りのイベント屋をやっていた知人からいただく、非常に割の良いお仕事などをやっていました。バブルのおかげでバイトも豊富だったのですが、変わり種では、郊外でウィンナーの試食のお姉さんもやり、歩合でもないのに、自分で設定した完売を目標にせっせと働いていました。(完売させることもあったのですが、達成感で帰りの長距離電車で1人喜びを味わっていました。今思えば、なんて良いバイトちゃんだったんでしょう、笑)

一応恋愛もしていましたが、今思うに、あれはデートということであちこちに出かけたかっただけだったのでは?(バブルだったしね~)、というようなところもあります。お付き合いしていた人が硬派なミーハーだったおかげで、ずいぶん渋カジ時代(知らない人も多いですよね?)の渋谷を謳歌&満喫できました。


さて、本来のメインである学業の方ですが、1~2年生は、教養課程で、全くもってつまらなく、興味のあった「女性学」以外は、かなり適当にこなしていたために、ギリギリの成績でした。つまり、ほとんどがCで、女性学だけA+(苦笑)。試験に寝坊して単位を落としたものもあります…。

3年生になると、状況が一変。専門過程になって俄然やる気が出てきたのでした。
心理学を専攻していたのですが、発達心理学や、性格検査法、実験なんかは大好きで、A+。統計学だけは、高校時代の数学授業で発症したギリシャ文字アレルギーにより、全く活力が湧かずにC。(先生もよく私に単位をくださったと思います。)

ゼミは、先生が好きだからという理由もあって、臨床心理だったのですが、卒論は、臨床でも何でもなく、思いついたテーマと仮説が、質問紙法で統計処理して考察するものでした。とても楽しくやる気満々で論文を書いていたものの、性格的に苦戦したのがデータ入力でした。
(学生時代、近所のヤマト運輸のデータ入力のバイトもクビになるくらいデータ入力が苦手でして…)

まあ、当時のコンピュータが画面の黒いやつ(DOSっていうんですか?)で、テンキーを使わずにせっせと数字を0〜5まで入力して、さあ、全部入力したぞ、どんな結果が出るかな?と思ったらエラー。
理由が、ゼロとアルファベットのOを打ち間違えていたところが何箇所もあったという、残念な仕事ぶりでした、苦笑。

ちなみに、似たような私の凹が原因で、ヤマト運輸の他にもクビになったバイトがあって、塾のテキストの校正バイト、都市計画の研究室の土地の使用率を算出するために、建物の角をマウスでクリックするバイトは、ダメでした。(使えない迷惑なバイトちゃんでした…)

バイトの話の流れで言うと、家庭教師と塾講師は、まずまず得意。子供達のために手作りプリントを作るのが好きで、自腹でコピーして配ったりもしていました。特に勉強の苦手な小学生を教えるのが好きで、ぐにょぐにょ座っていられずに鏡文字を書く子も受け持ったのですが、当時は体力もあったので、なんとか座らせ、勉強を少しでも好きにさせて、成績が毎回上がっていったのは、今もよく覚えています。それくらい楽しく達成感がありました。


話を学業に戻すと、受かったから入学したという大学ではありましたが、心理学を専攻できたのは、とても良かったと思います。そのおかげで、大学時代の後半は、学業が楽しいという気持ちでいっぱいでした。
友達の中では、社会人になってから、大学院に通って、臨床心理士になった仲間もいて、私は性に合わないけれども、今でも臨床心理士への憧れが今でもあります。なので、ミチの相談に行っても、「先生、楽しそうだなあ。先生ともっと話してみたいなあ。」という、気持ちも湧いてきたりなんかします。??

何度か、大学院に行こうかなと思って、実際に動いたことはあるのですが、結局タイミング合わずなので、きっと大学院は私の人生の道にはないんだろうとも思っています。


恵まれた時代の大学生で、なおかつ、マスメディアの感覚の近い都心にいたこともあり、時代は自分達が動かしているように錯覚できました。こんな錯覚は、良し悪しではありますが、変に自信が持てたことは、その後自分で仕事をする時に積極的になれた理由でもある気がするので、ある意味良かったのではないかなと思っています。

ダラダラと長く思いつくままに書きましたが、就職に向けてと日々の生活態度についてなど、またしつこく振り返って書いてみたいと思います。


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by Michi-mama3 | 2014-01-19 01:10 | 自己紹介